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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)82号 判決

千葉県松戸市三ケ月1429-1

原告

山本渉

東京都新宿区西新宿2丁目6番1号

被告

カシオ計算機株式会社

代表者代表取締役

樫尾和雄

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

河野哲

矢口太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第18159号事件について平成7年2月6日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「時計」とする特許第1540649号発明(昭和58年11月17日出願、平成元年5月16日出願公告、平成2年1月31日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。被告は、平成4年9月21日、特許庁に対し、原告を被請求人として、本件発明の特許について無効審判を請求し、同年審判第18159号事件として審理された結果、平成7年2月6日、「特許第1540649号発明の特許を無効とする。」との審決がされ、その謄本は、同年3月1日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の欄の記載は、次のとおりである。

「指定された地域に固有の日の出時刻および日の入時刻を出力する回路部と、

時刻表示目盛に対応して配設されかつ前記回路部により出力されたデータに基いて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する表示部とを有する時計。」

3  審決の理由

(1)  本件発明の特許請求の範囲は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

(イ) 昭和53年特許出願公開第124478号公報(甲第3号証。以下「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。

「(1)デジタル表示を有し、かつモスレム教徒の慣習と慣行に特に対応する太陽の特定位置に係わるデータを表示する手段から成る、電子時計、特に電子腕時計。

(2)太陽が幾つかの所与の位置を占める時に特定の日の時間を決定し表示する手段から成る上記第(1)項記載の電子時計。

(3)上記日の時間は地理的位置と年の時期の関数として決定される上記第(1)、(2)項記載の電子時計。

(4)上記第(2)項記載の決定表示手段、後記の特定時間、即ち約90分だけ日の出より前の時間、日の出時間、太陽が子午線を経過する時間、太陽高度が所定の最大角に等しくなるか又は、ならない時、太陽が子午線を通過する時と日の入の間の最長時間、日の入時間、および約90分だけ日の入後の時間の内の一つ又はそれ以上を決定し表示するために設計してある上記第(2)、(3)項記載の電子時計。」(1頁左下欄4行ないし同頁右下欄2行)

「第1表条件TIと第2表条件TIIに分割した表操作条件により、電子時計の計算部にて決定された最初の3又は最後の3礼拝時間データの各々の最初の位置内に現わされる。H1とB1にて、これらデータは空位置を占め、M1にてデータはモスレム日の時間表示に換算する。かくして、表操作条件を投入する時に、出現する第1の表示は最初の3礼拝時間、即ち上部から下部までであり、上部線上には“日の出前90分”、中間線には“日の出”、下部線には、子午線を太陽が経過する時の“時間”である。これらは各々情報H1TI、M1TIおよびb1TI(B1TIの誤記)である。中間押ボタン上の他の長時間圧力により表操作条件の第2の半分が現われる。例えば、上部表示線に“太陽が沈む”時間、中間表示線に“日の入”時間、下部線に“日の入後約90分間”の表示が現われる。」(5頁左下欄3行ないし同欄19行及び第2図)、「第2図に関して、“23番目の地帯、第2地帯北緯度”(F)および“3番目の時間帯、2番目の南緯度”(G)の地理的地帯は居住者の地域に実際に対応し、セネガル(ダカール)はこれらの第1地帯であり、第2地帯はマダガスカル(タナリブ)の北部全体から成る。第1図の下部地帯に示した“時間帯16、第4地帯北”の位置に関しては、それはサンフランシスコに対応する。」(6頁左下欄13行ないし同頁右下欄1行及び第1、2図)、「計算器は日の出と日の入時間を計算する。この目的のために、計算器は先ず地球の軸線と地球-太陽の線間の角度αを考慮し、次いで地域-緯度-修正記録器によるとともに“地理的”記録器により与えられる緯度λを考慮する。」(8頁右上欄4行ないし同欄9行及び第3図)、及び「詳述した時計は全体として興味のある複数の機能を示すが、これら機能の幾つかから成るより簡単な実施例の時計、例えば計算が容易でない時から成る時計、即ち太陽に直接関連する時間、又は日の出、子午線経過および日の入の時間のみでさえも可能な時計を生産することもできる。地理的位置に関してはカイロ、テヘラン、バグダード、アルジーア、パリ、ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコ、東京等の世界の首都の地点を自動的に与えるマトリックスの導入を直視することができる。現在、時計の使用者は、各都市のために経度、緯度、および経度と緯度の地理的修正を調整するために位置を示すチャートを使用する。該チャートなしでさえも、詳述したシステムは、地図の助けにより簡単に、記録器に入る位置を見つけさせることができる。」(15頁左下欄10行ないし同頁右下欄6行)」

(ロ) 昭和54年特許出願公開第124764号公報(甲第4号証。以下「引用例2」という。)には、次の事項が記載されている。

「本発明は、被駆動装置の駆動時間をLED、LCD、エレクトロルミネッセンス等の表示素子で表示する表示装置にかかるものであり、其の目的とする所は、被駆動装置の駆動時間が一目で判るように表示素子をループ状に連設して、表示素子の点滅によりプログラム表示を行なう表示装置を提供することにある。」(1頁左下欄8行ないし同欄14行)、及び「第1図の動作を説明する。プログラム入力演算処理装置(1)に被駆動装置(6)の駆動時間プログラムをインプットすると、被駆動装置制御回路(5)は被駆動装置(6)をプログラム時間だけ駆動させる。また、プログラム入力演算装置(1)からの信号で、表示変換装置(2)は今まで入っていた駆動時間プログラムをクリアーし、新たにインプットされた駆動時間プログラムを記憶し、更に表示部駆動装置(3)を新しい駆動時間プログラムで表示装置(4)に表示動作させる。第1図における表示装置(4)は24個の表示素子(7)(7)を円状に連設し、1日を24時間表示形式にしたもので、黒く塗り潰された部分を発光させることによって駆動時間を表示するものであっても或いは逆に黒く塗り潰されていない部分を発光させることによって発光していない部分で駆動時間を表示するものであってもよい。また、円状の表示装置(4)の内側に時刻表示機能を有するものであってもよい。」(1頁右下欄10行ないし2頁左上欄7行及び第1図)

(ハ) 特許第178428号明細書(甲第5号証。以下「引用例3」という。)には、次の事項が記載されている。「本発明は時計の時針の回転を月日を指示する月針に伝え月針軸に附せる歪輪を用い時針軸を中心として回転し得る2箇の扇形板を移動せしめ該扇形板の一端をして使用月日に於ける日出時刻及び日没時刻を時計文宇盤上に指示せしむることに係り」(1頁左欄2行ないし同欄6行)、「時計文字盤10の外側に黒色なる日出標示板1及び日没標示板2とを設け之が移動により文字盤外周に夜間と昼間部とを自働的に示す」(1頁左欄15行ないし同欄17行及び第1図)、及び「地点を異にする際は其の地に適合する如き形の歪輪と交換使用す」(1頁右欄9行ないし同欄10行)

(3)  本件発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、引用例1に記載の「地理的位置」、「計算器」、「電子時計」は、それぞれ本件発明における「指定された地域」、「回路部」、「時計」に相当し、また、引用例1には、「これら機能の幾つかから成るより簡単な実施例の時計、例えば・・・太陽に直接関連する時間、又は日の出、子午線経過および日の入の時間のみでさえも可能な時計を生産することもできる。」(15頁左下欄11行ないし16行)との記載があり、このことは、日の出時間及び日の入時間のみを表示する時計であってもよいことを示唆しているから、両者は、「指定された地域に固有の日の出時刻および日の入時刻を出力する回路部と、前記回路部により出力されたデータに基づく特定時間を表示する表示部とを有する時計。」である点で一致している。

他方、表示部に関して、本件発明では、時刻表示目盛に対応して配設されかつ回路部により出力されたデータに基づいて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示するものであるのに対して、引用例1に記載の発明では、回路部により出力されたデータである日の出時刻及び日の入時刻をデジタルで表示するものである点で相違している。

(4)  相違点について

引用例3に記載された時計は、指定された地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間とを同時に表示することができるものと認められる。一方、引用例2に記載された表示装置は、プログラム入力演算処理装置及び表示変換装置(本件発明における回路部に対応する。)により出力された駆動時間プログラムデータに基づいて被駆動装置の駆動時間と非駆動時間(本件発明における日照時と非日照時に対応する。)とを相異なる光学的状態で表示する表示部が記載されおり、そして、この表示部を構成するループ状に連設した表示素子が、時刻表示目盛に対応して配設され、被駆動装置の駆動時間が一目で判るようになっている。しかも、引用例2に記載の表示装置は時刻表示機能、すなわち時計を備えていてもよいというものである。

引用例1に記載の技術と引用例2に記載の技術とは、デジタルとアナログの違いがあるにしても、ともに時間に関するデータを表示する表示部を備えた時計である点で共通の技術分野に属するものといえる。そして、引用例1に記載の時計においても、その日の出時刻と日の入時刻から日照時間及び非日照時間を知ることができることは明かであり、この日照時間と非日照時間を、引用例3に記載の発明のように、時刻表示目盛に対応した表示部を配設し、該表示部により一見して識別できる状態で表示しようとする場合、引用例2における時刻表示目盛に対応して配設された表示部により回路部から出力されたデータに基づいて機器の駆動時間と非駆動時間とを相異なる光学的状態で表示する手段を採用して、上記相違点に示した本件発明の構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。そして、本件発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用例1ないし引用例3に記載の発明から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  よって、本件発明は、引用例1ないし引用例3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件の特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により、これを無効にすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由のうち、引用例1ないし3に審決摘示の記載があること、本件発明と引用例1に記載の発明が、「特定時間」を表示することにおいて一致する点を除き、審決認定のとおり一致すること、本件発明と引用例1に記載の発明が審決認定のとおり相違することは認める。

審決は、次のとおり、その認定判断を誤った違法があり、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、本件発明と引用例1に記載の発明とが、回路部から出力されたデータに基づく「特定時間」を表示するための表示部を有する点において一致するとしているが、これは誤りである。

すなわち、本件発明の表示部は、回路部から出力されたデータに基づき、日の出時刻及び日の入時刻の2点間の時の長さである「時間」を表示する機能と構成を有するのに対し、引用例1に記載の発明における表示部は、回路部から出力されたデータである、時の流れにおけるある一瞬を示す日の当時刻等の「時刻」を、デジタルで表示するものであって、本件発明の表示部の機能も構成も有するものではない。したがって、両者は、「特定時間」を表示するものとして一致するものではない。

(2)  取消事由2

審決は、引用例3に記載された時計が、指定された地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間を表示することができるとしているが、これは誤りである。

引用例3に記載された時計は、単に、ある1地点の日の出時刻と日の入時刻を、歪輪の形状によって記憶し、日照時間、非日照時間を表示するものであるにすぎず、他の地点における上記時間の表示が必要になった場合には、他の地点の日の出、日の入を記憶する歪輪と交換しなければならない。また、引用例3に記載された時計は、その構造上、地点によっては、上記時間を表示することが不可能である。例えば、アンカレッジの標準時間帯(北緯61度、西経150度)については、固有の日照時と非日照時を年間300日にわたって表示できない。また、日本の標準時で、北緯29度、東経47度(クウェートの緯度、経度に相当)の地点については、日の出時刻は日本時間の午後11時30分ころ、日の入時刻は午後0時10分ころとなり、表示不可能である。

(3)  取消事由3

審決は、引用例1に記載の発明に引用例2、3に記載の発明を組み合わせることにより本件発明を想到することが当業者にとって容易であるとするが、これは誤りである。

引用例1に記載の発明の表示部に引用例2に記載の発明の表示部を組み合わせることはできない。すなわち、引用例2に記載の発明の表示部において表示できるのは1時間単位のデータに限られるのであって、そこに、1時間単位以外のデータが入力されることは予定されていないから、引用例1に記載の発明に引用例2に記載の発明を組み合わせたとしても、本件発明の構成を得ることはできない。

(4)  取消事由4

審決は、引用例2に記載の発明の手段を採用して、引用例2と3に記載の発明とを組み合わせ、本件発明の構成とすることは当業者であれば容易に想到し得たことであるとしているが、これは誤りである。

引用例3に記載の発明のように時刻表示目盛に対応した表示部を配設した時計とは、回路部から出力されたデータに基づいて、何らかの機械的な手段(その具体的内容は不明である。)により扇形板を移動させ、日照時間と非日照時間を表示する時計を指すものと解されるが、〈1〉引用例2に記載の発明には、機械的に駆動される表示部がない等、引用例3に記載の発明と共通する機構が存在しないこと、〈2〉引用例2に記載の発明の表示部における駆動時間の表示は、1時問単位に固定されており、回路部から出力されたデータを表示できないことから、回路部から出力された日の出、日の入時刻データを、引用例3に記載の発明の表示部のように表示する場合に、引用例2に記載の発明の表示部を採用することは、機構上からも機能上からも不可能であり、引用例2に記載の発明と引用例3に記載の発明とを組み合わせることはできない。

(5)  取消事由5

本件発明は、日照時間、非日照時間がアナログ表示帯によって表示されるため、この表示を見れば、およその日の出、日の入時刻を確認することができるという顕著な作用効果が認められる。また、本件発明は、前記(2)のとおり、引用例3に記載の発明において表示不可能な地域の日照時間、非日照時間についても表示することができるという顕著な作用効果を奏する。したがって、本件発明の作用効果について、当業者が、引用例1ないし3に記載の発明から容易に予測することができたものであるとする審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

審決は、原告の主張にかかる「時間」と「時刻」の点を、後に本件発明と引用例1に記載の発明との間の相違点として検討する一方、ここでは、「時間」と「時刻」の上位概念として「特定時間」との文言を用い、両者がその点において一致するとしているものである。そして、引用例1に記載の発明は、時計であり、指定された地域に固有の日の出時刻及び日の入時刻を出力する回路部と、これらの時刻を表示する表示部とを有するものであるから、引用例1に記載の発明と本件発明は、回路部により出力されたデータに基づき「特定時間」を表示する点において一致することは明らかである。

(2)  取消事由2について

引用例3に記載の発明は、その歪輪を用いる表示部が、本件発明における日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する表示部であることに間違いはなく、また、引用例3に記載の発明においては、機構上の制限があるにせよ、大部分の地域について、その地域に固有の日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示できるものである。したがって、引用例3に記載の発明も、指定された地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時、非日照時とを異なる光学的状態で表示するという基本的な技術的思想を開示するものといえる。

(3)  取消事由3について

引用例2に記載の発明は、その明細書の特許請求の範囲に記載されているように、表示素子をループ状に連設して、表示素子の点滅によりプログラム表示を行うことを要旨とするものであり、1時間単位の表示を行うものに限定されるものでないことは明らかである。また、上記表示にあたり、どの程度まで詳細な表示を行うかは単なる設計事項にすぎない。

(4)  取消事由4について

引用例3に記載の発明は、年間を通じて変化する日没時刻、日の出時刻及び日照時間、非日照時間を表示するものであり、また、その表示方法は、時刻表示部を囲むようにして表示部(扇形板)を配設し、日照時間と非日照時間とを、異なる光学的状態で表示するものである。一方、引用例2に記載の発明は、回路部から出力されたデータに基いて表示される表示部を有するとともに、引用例2には、その内側に時刻表示機構を備えていてもよいとの記載がある。そして、この場合、上記表示部における表示方法は、表示素子を、時刻表示部を囲む形でループ状に配設し、これにより駆動時間と被駆動時間とを異なる光学状態で表示することができる。このように、引用例2及び3に記載の発明は、時計に適用できるという点及び時間に関するデータを光学表示により表示するという点において共通の機能を有するものであり、また、両者は、時刻表示部の外側に、光学表示による表示部を設けるという点において、構成上も共通する。

したがって、時計の分野に属する当業者であれば、両者を適宜組み合わせることは容易に行い得たものというべきである。

また、引用例3に記載の発明の技術を用いて日照時間を表示しようとする場合、その表示部を引用例2に記載の発明のものに置換するのみで、原告が主張するような引用例3に記載の発明の表示機構上の制限がなくなることも明らかである。

(5)  取消事由5について

原告の主張にかかる本件発明の顕著な作用効果とは、第1に、表示を見れば、およその日の出時刻及び日の入時刻を確認することができることにあるが、これは、少なくとも引用例3の記載から、当業者であれば予測できる程度のものであることは明らかである。

また、原告は、本件発明の第2の顕著な作用効果として、機構上の制限なく指定された地域の日照時間及び非日照時間をも表示できるとしているが、本件明細書の特許請求の範囲には、原告の主張する効果を引き出す根拠となるべき記載は存在しない。なお、仮に、本件発明において、そのような効果を奏することを推測できるとしても、引用例3に記載の発明に存在する機構上の制限は、引用例2に記載の発明における表示方法を採用することによって、容易に克服できる程度のものであるから、上記(4)のとおり、引用例2に記載の発明の表示方法を、引用例3に記載の発明の表示部に置換して用いることについて、格別の困難性はない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、特許請求の範囲、審決の理由)は、当事者間に争いがない。

第2  審決取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第2号証(本件発明についての平成1年特許出願公告第25034号公報)によると、本件明細書には、本件発明の産業上の利用分野、従来技術、発明の目的、構成及び効果について、以下のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件発明は、日照時間の有効利用化に大きく寄与し、また、昨今変化の激しい日常生活のペースメーカーともなり得る時計に関するものである。

(2)  近時、ますます世の中が複雑化し、この複雑化に伴って人は変化の激しい日常生活を送っており、この多忙な中にあって急に遠方へ出掛けることも多い。そして、遠方へ出掛けるときは、あらかじめスケジュールを立てておくのが一般的で、このスケジュール立案の際、昼間の時間と夜の時間、すなわち、日照時間と非日照時間とを勘案する必要が生じるものである。

遠方、特に海外へ出掛けるときなどは、その出先と自己の日常生活の場との日照時間及び非日照時間は一致しないことが多く、こうした場合には、スケジュール立案の際、その地の日照時間及び非日照時間を知る必要が生じてくる。一方、出先のこうした地理的条件を加味することなく立てたスケジュールに基づいて行動を取ることになると、自己の認識と実際とにずれを生じ、戸惑いも起きてくる。

(3)  従来、都市(地理的位置)及び日付を入力して指定することにより、その都市のその日付における日の出、日の入時刻を表示する機能を持った時計が種々開発されている。このものを利用すれば、日照時間及び非日照時間を知ることができ、スケジュール立案の際有効である。

しかしながら、従来のものは、その表示形式がデジタル時計のように数値による表示であり、世界時計としての機能がなく、かつ、時刻(日の出、日の入)しか表示しないために、日照時間及び非日照時間については、知ることができることは確かであるが、一見して認識しにくいという不便さがある。そこで、表示部を増やすか、あるいは表示切替機能を付加することにより、日照時間及び非日照時間を表示させればよいのであるが、前者の場合であると、表示盤上の構造が複雑となり使用者の目に一度に多くの表示が入り、見にくくなるとともに、後者の場合であると、操作が複雑、煩雑となり、いずれにしても実用性を失うことにもなりかねないものである。

(4)  本件発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、一見して日照時間及び非日照時間を知ることができ、しかも、実用性の高い時計を提供することを目的として、特許請求の範囲の欄記載の構成を採用したものである。(以上1頁1欄10行ないし2頁3欄14行)

(5)  本件発明によれば、都市番号等を指定することにより、ひとつの表示部で世界各地の現地時刻及び日の出、日の入時刻のみならず、日照時間、非日照時間をも一見して知ることができるという作用効果を奏するとともに、残りの日照時間及び非日照時間をも一見して知ることができる。また、ひとつの表示部で日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間との少なくとも4つの同時表示機能を持たせることができるから、デジタル数値表示式のもののように表示部をその分増やすようにする必要がなく、かつ、表示切替機能をも増やす必要がないので、シンプルな構造で、かつ、操作性も複雑化させることなく表示機能を増加させることができることとなり、実用性が極めて向上するという効果を奏する。(7頁14欄14行ないし29行)

2  本件発明と引用例1に記載の発明との対比

(1)  本件発明が、本件明細書の特許請求の範囲の欄記載のとおり、「指定された地域に固有の日の出時刻および日の入時刻を出力する回路部と、時刻表示目盛に対応して配設されかつ前記回路部により出力されたデータに基いて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する表示部とを有する時計」という構成を採用しているものであることは、当事者間に争いがない。

(2)  引用例1ないし3に審決摘示の記載があることも、当事者間に争いがない。

(3)  本件発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、両者において、〈1〉「指定された地域に固有の日の出時刻および日の入時刻を出力する回路部」を備えている点、「表示部」を有し、これが「前記回路部により出力されたデータに基づ」いている点、上記「回路部」と「表示部」とを有する「時計」であるという点で一致していることも、当事者間に争いがない。

(4)  表示部に関して、本件発明では、時刻表示目盛に対応して配設されかつ回路部により出力されたデータに基づいて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示するものであるのに対して、引用例1に記載の発明では、回路部により出力されたデータである日の出時刻及び日の入時刻をデジタルで表示するものである点で相違していることも、当事者間に争いがない。

3  取消事由1について

原告は、審決において、本件発明と引用例1に記載の発明とが、回路部から出力されたデータに基づく「特定時間」を表示するための表示部を有する点において一致するとしているが、これは誤りである旨主張する。

しかし、前示審決の理由によれば、審決は、本件発明における「時刻表示目盛に対応して配設されかつ回路部により出力されたデータに基づいて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する」という点と、引用例1に記載の発明における回路部により出力されたデータである日の出時刻及び日の入時刻をデジタルで表示する点のうちの共通する時に関する表示部分を「特定時間」と呼称し、必ずしも「時刻」と対立する概念としてこれを使用しているわけではなく、かえって、この点は、本件発明と引用例1に記載の発明の具体的な相違点として摘示しているのである。

そうすると、審決における「特定時間」が一致するとの認定が誤りであるとはいえないから、取消事由1についての原告の主張は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  前示審決の理由によれば、審決は、引用例3に記載された時計は、指定された地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間とを同時に表示することができるものと認められる旨認定している。

(2)  ところで、審決摘示の引用例3の記載によれば、引用例3に記載の発明に係る時計は、時針軸を中心として回転し得る2個の扇形板を移動させてこの扇形板の一端をして使用月日における日出時刻及び日没時刻を時計文字盤上に指示させ、これら扇形板(「日出標示板」及び「日没標示板」と称している。)の移動により、文字盤の外周に夜間部と昼間部とを表示するというものであり、地点を異にする際は、その地に適合するような部材に交換するというのであるから、上記時計は、特定の地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間とを同時に表示することができ、時刻表示目盛に対応して表示部を配設しており、日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示するものと認められる。

(3)  原告は、引用例3に記載された時計は、単に、ある1地点の日の出時刻と日の入時刻を、歪輪の形状によって記憶し、日照時間、非日照時間を表示するものであるにすぎず、他の地点における上記時間の表示が必要になった場合には、他の地点の日の出、日の入を記憶する歪輸と交換しなければならない旨主張するが、前記認定に照らせば、引用例3に記載の発明に係る時計は、上記交換を伴うにせよ、審決認定のとおり、指定された地域に固有の日の出時刻、日の入時刻と日照時間、非日照時間とを表示するものであることが明らかである。

また、原告は、引用例3に記載された時計は、その構造上、地点によっては、上記時間を表示することが不可能である旨主張するが、仮に原告主張のとおり、引用例3に記載された時計において、時間を表示することが不可能な地点があるとしても、引用例3に記載の発明が日の出時刻、日の入時刻と日照時間、非日照時間とを表示するという技術的思想を開示していることには変わりがない。

したがって、原告の上記主張は、いずれも理由がない。

5  取消事由3ないし5について

(1)  審決は、本件発明は引用例1ないし引用例3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる旨認定判断しているので、以下検討する。

(2)  前記第2、2(4)のとおり、引用例1に記載の発明は、表示部に関して、回路部により出力されたデータである日の出時刻及び日の入時刻をデジタルで表示するものである点で、本件発明と相違していることは、当事者間に争いがないところである。なお、上記日の出時刻及び日の入時刻のデジタル表示から、表示自体はなくとも、日照時間、非日照時間を容易に知ることができることは明らかである。

(3)  次に、審決摘示の引用例2の記載によれば、引用例2に記載の発明に係る表示装置は、被駆動装置の駆動時間をLED、LCD、エレクトロルミネッセンス等の表示素子をループ状に連設して、表示素子の点滅によりプログラム表示を行うものであって、上記のとおり表示素子のループ状の連設により、被駆動装置の駆動時間が一目で判るようになっており、また、駆動時間プログラムがプログラム入力演算処理装置及び表示変換装置に入力されると、上記装置から出力する信号に基づいて被駆動装置がプログラム時間だけ駆動され、前記表示部を構成するループ状に連設した表示素子の点滅により、被駆動装置の駆動時間が一目で判るようになっており、同表示装置は表示装置の内側に時刻表示機能を備えていてもよいというものである。

そうすると、引用例2に記載の発明は、プログラム入力演算装置及び表示変換装置という回路部から出力されたデータに基づいて、駆動時間と被駆動時間が点滅か非点滅という相異なる光学的状態で表示されるものであり、また、時間に関するデータを表示する表示部を備えているという点で、本件発明と共通の技術分野に属するものである。

(4)  引用例3に記載された時計が、指定された地域に固有の日の出、日の入時刻と日照時間及び非日照時間とを同時に表示することができるものであることは、前記4認定のとおりである。また、前記4(2)認定のとおり、引用例3に記載の発明では、扇形板の一端をして日出時刻及び日没時刻を表示し、その移動により文字盤の外周に夜間部と昼間部とを表示するというのであるから、時刻表示目盛に対応して表示部が配設されていることが認められる。

(5)  以上によれば、引用例1に記載の発明は、本件発明の「時刻表示目盛に対応して配設されかつ回路部により出力されたデータに基づいて日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する」という構成を具備していないが、引用例2において、回路部から出力されたデータに基づいて、駆動時間と被駆動時間が相異なる光学的状態で表示するという技術が開示されており、また、引用例3において、時刻表示目盤に対応して表示部を配設する技術、日照時と非日照時とを相異なる光学的状態で表示する技術が開示されているのであって、引用例1記載の技術に、引用例2及び3の技術を採用して本件発明の構成とすることは、当業者であれば、容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

(6)  原告は、引用例1に記載の発明の表示部に引用例2に記載の発明の表示部を組み合わせることはできない、すなわち、引用例2に記載の発明の表示部において表示できるのは1時間単位のデータに限られるのであって、そこに、1時間単位以外のデータが入力されることは予定されていないから、引用例1に記載の発明に引用例2に記載の発明を組み合わせたとしても、本件発明の構成を得ることはできない旨主張する(取消事由3)。

そこで検討するに、前記のとおり、引用例2の特許請求の範囲には、「被駆動装置の駆動時間が一目で判るように表示素子をループ状に連接する」という記載があり、発明の詳細な説明中の実施例に関し、「表示装置(4)は24個の表示素子(7)(7)を円状に連接し、1日を24時間表示形式にしたもので、黒く塗り潰された部分を発光させることによって駆動時間を表示するもの」と記載されているところであって、引用例2には、1時間単位による表示装置が実施例として示されているのであるが、引用例2には、その特許請求の範囲に、「被駆動装置の駆動時間を表示するものにおいて、表示素子をループ状に連設して、表示素子の点滅にとりプログラム表示を行なう表示装置」(1頁1欄4行ないし6行)と記載されていて、時間の表示間隔を限定しておらず、その他引用例2を精査しても、時間の表示間隔を1時間単位のものに限定するような記載も示唆もない。したがって、引用例2に記載の発明に係る表示装置において、1時間単位より短い時間間隔で表示することは単なる設計事項にすぎないものと解するのが相当である。

そうすると、原告の上記主張が理由がないことは明らかである。

(7)  また、原告は、〈1〉引用例2に記載の発明には、機械的に駆動される表示部がない等、引用例3に記載の発明と共通する機構が存在しないこと、〈2〉引用例2に記載の発明の表示部における駆動時間の表示は、1時間単位に固定されており、回路部から出力されたデータを表示できないことから、回路部から出力された日の出、日の入時刻データを、引用例3記載の発明の表示部のように表示する場合に、引用例2記載の発明の表示部を採用することは、機構上からも機能上からも不可能であり、引用例2に記載の発明と引用例3に記載の発明とを組み合わせることはできない旨主張する(取消事由4)。

しかし、前記認定判断に照らせば、当業者が引用例2及び3記載の各発明を組み合わせることについて技術的に何の困難もないというべきであり、また、引刑例2に記載の発明の表示部における駆動時間の表示が1時間単位に固定されているわけでもないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は失当である。

(8)  更に、原告は、本件発明は、日照時間、非日照時間がアナログ表示帯によって表示されるため、この表示を見れば、およその日の出、日の入時刻を確認することができるという顕著な作用効果が認められる、また、本件発明は、前記(2)のとおり、引用例3に記載の発明において表示不可能な地域の日照時間、非日照時間についても表示することができるという顕著な作用効果を奏するから、本件発明の作用効果について、当業者が、引用例1ないし3に記載の発明から容易に予測することができたものであるとする審決の判断は誤りである旨主張する(取消事由5)。

そこで、検討するに、本件発明の作用効果は、前記第2、1(5)認定のとおりであるところ、これらの作用効果は、アナログ表示帯を有する電子時計であれば当然に有する作用効果であり、当業者において予測可能なものであることは明らかである。また、本件発明は、引用例3に記載の発明において表示不可能な地域の日照時間、非日照時間について表示することができるとしても、その点は、当業者が引用例1ないし3に記載の発明から容易に予測することができたものであり、これをもって格別の作用効果であると認めることはできない。

したがって、原告の上記主張も理由がない。

第3  以上によれば、審決には、原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年6月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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